色紙「大和魂」

・エンセン井上

・平成11年4月9日

・名古屋パルコ

・3100円(Tシャツ代 先着100名)


 エンセン井上選手は、初代タイガーマスクこと佐山サトル氏が考案した総合格闘技「修斗」のプロ選手で、現在(平成11年6月)修斗ヘビー級チャンピオンでもあります。しかしその活躍は修斗のリングの枠を越えて、戦いの場を「何でもアリ」のヴァーリ・トゥードにも広げ、そして平成10年に行われた「バーリトゥードジャパン98」では、当時のUFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)優勝者ランディー・クートゥア選手を、当時劣勢との下馬評を覆して、1R1分59秒腕ひしぎ十字固めで破り、一躍名を轟かせました。 絶対後ろに引かないそのファイトスタイルは、対戦相手の肝を潰し、見る者の魂を熱くさせます。ちなみに、変わったリングネームと思う人がいるかもしれませんが、本名「Enson shoji Inoue」と言い、アメリカ籍を持つハワイ出身の日系四世です。
 このお宝は名古屋パルコで行われたイベント「PRIDE−5がやってくる」でGETしました。これは、平成11年4月29日名古屋レインボーホールで行われた究極の格闘技大会「PRIDE−5」の宣伝イベントで、出場選手のトーク&サイン会のゲストとして、エンセン井上選手は、同大会に一緒に出場する高田道場所属の「プロレスラー」桜庭和志選手と共に、参加しました。ちなみに、桜庭和志選手は平成9年12月21日「UFCジャパントーナメント」で、日本人として初めてUFCヘビー級トーナメントを制した選手で、その後「PRIDE.」に参戦し、目下負け知らずです。
 このような文字通り「強者」が参加するトークイベントですので、お客さんのほとんどが「トッポイにいちゃん」ばかりでした。しかもただ「ストリート入っている」カッコだけの奴ではなく、空手だの、柔道だの、少林寺拳法だのという、実際やっている人達ばかりでした。女性も少しはいましたが、黒いスーツをビシッと着こなした、見るからに「いい女」系で、ある意味「わかってらっしゃる」人達でした。
 実を言うと私は総合格闘技のことは全然知らず、この日初めてエンセン選手と桜庭選手を知りました。
 で、最初エンセン選手を見たときはかなり衝撃を受けました。ゴム鞠をくっつけたような、ゴツい身体に、ただ普通にしているだけでも漂う凄み。まだ何も始まっていなくても、一目見て、「コイツはただ者ではない!」と、感じずにはいられませんでした。
 トークでは、片言の日本語で、今回の試合にかける意気込みを話すエンセン選手の姿は、まさしく闘争本能の固まり。特に今回の対戦相手は、エンセン選手が対戦を心待ちにしていた相手であり、第14・15回UFCヘビー級王者でグレイシーを除けば「最強」の呼び声高いマーク・ケアー選手。エンセン選手は、この試合を「殺し合い」と位置づけ、そのためにもの凄いトレーニングもかなり積んできてます。エンセン選手は、今にもはじけそうな闘争心を、無理矢理理性で押さえている感じで、見ているこっちも心が揺さぶられる思いでした。何の予備知識もなく初対面でしたが、このエンセン選手の、もっとも危険で怖い「ヴァーリ・トゥード」ルールで闘う姿勢、それを含めて「生き方」としてこだわり続ける「大和魂」に、もの凄く感激しました。
 トーク終了後、サイン会が行われました。トークショー自体は先着100名の無料イベントですが、サイン会は会場でTシャツ(3100円)を買っていただいたお客様に整理券が配られました。Tシャツは「高田道場」Tシャツや「大和魂」Tシャツなど各種ありましたが、黒のマジックが栄える白地の「NO RURE」Tシャツを買いました。サインはTシャツに書きますが、各自持ってきた色紙やグッズにも書いてくれましたので、私はTシャツの他に、現地調達した色紙にサインをしてもらいました。サインをしてもらうときに、エンセン選手に「大和魂」と書いてもらうよう頼みました。エンセン選手は、アメリカ生まれですので、未だに漢字が苦手で、自分が着ている「大和魂」Tシャツを見ながら書いてくれました。その後、私の他に「大和魂」と書いてくれるよう頼むファンが続いたので、最後の方は見なくても力強く「大和魂」と書けるようになりました。
 鑑賞のポイントは、やっぱり「大和魂」です。この言葉は、エンセン選手の背中にも彫られているぐらいで、ただの「好きな言葉」では片づけられるものではありません。トークショーの中でエンセン選手は、おばあちゃんが頑固な方で、一族はみんな混じりっけなしの日本から移民した人しか結婚が許されなかったことを語っていました。そこで司会者(雑誌「格闘通信」の元編集長で格闘技評論家のサダハルンバ谷川さん)は「じゃあ日本に来て、おばあちゃんは喜んでいるでしょう」と言った時、エンセン選手は未だに日本国籍が得られてないことを言いました。また、格闘技を始める理由(エンセン選手はハワイにいたときに、既にグレイシー柔術を学んでいました)「最初はストリートファイトのためだったけど、今は自分がどれだけやれるのか、確かめたい」と語っていました。
 アメリカに生まれながら「日本人」の血が流れていて、また自分自身「日本人」だと思っていて、ストリートファイトに強くなるため格闘技を始めたエンセン井上。私はそこに、「大和魂」の源流を見ました。

P.S
 4月29日に行われた試合ですが、当初対戦相手だったマーク・ケアー選手は、肘の故障の為、欠場。かなり気落ちし、試合をしないことまで考えましたが、ファンや闘いの場を提供してくれた「PRIDE」のことを思い、空手家の西田操一選手と試合をすることにしました。
 試合当日、なんと西田選手は入場時、ファールカップとマウスピースを着け忘れ、また取りに行くという大失態をしました。そのためエンセン選手の入場は遅れ、スモークだらけの入場花道の入口に5分も待たされました。また、この日のためにエンセン選手が一生懸命作詞した入場テーマ曲が流れましたが、それがお客さんに笑われたことにも逆上。本人曰く「よけい殺したくなったヨ」。入場時のエンセン選手は、まさに鬼の形相、とても怖かったらしいです。
 試合開始早々、いきなり飛びかかり、自分の手の指が骨折しても顔面や後頭部を殴り続け、最後首を絞めてギブアップを奪いました。その間24秒でした。

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