「最驚!ガッツ伝説」
・ガッツ石松
・平成16年8月2日
・星野書店近鉄パッセ店
・1000円(本代 先着200名)
ガッツ石松さんは、プロボクシングでは、最も歴史が古く、選手層が厚いとされるライト級の世界チャンピオンに、日本人で初めてなり、しかも5度も防衛した、”伝説の男”です。
昭和24年(1949年)栃木県の農村に生まれたガッツさんは、中学卒業後に上京し、名門ヨネクラジムに入門。昭和43年(1968年)に全日本ライト級新人王、昭和47年(1972年)に東洋ライト級王座と実績を築くも、海外での世界戦の相手が”パナマの超特急”イスマエル・ラグナ選手、”石の拳”ロベルト・デュラン選手という最強王者だったため、善戦むなしく敗退。
3度目のロドルフォ・ゴンサレス戦には必勝を期し、数々の世界チャンピオンを生み出した名トレーナーエディ・タウンゼント氏を招き入れ、リングネームを「ガッツ石松」に改名しました。そして、昭和49年(1974年)4月11日、ロドルフォ・ゴンザレス選手を8ラウンドKOで破り、WBC世界ライト級チャンピオンになりました。その後、ロベルト・ヂュラン選手の最大のライバル、エステバン・デ・ヘスス選手に敗れるまで、王座を5度防衛しました。
生涯生成51戦31勝(17KO)14敗6引き分け。そのゴリラのような風貌から、ゴリゴリの典型的なブルファイターと思われがちですが、フットワークとテクニックを駆使する堅実なサウスポーのボクサーで、左ジャブで牽制し、飛び込んできたところに合わせる右のカウンターは、避けられない上、飛び込んだ勢いに後ろ足にかけていた体重を拳に乗せるため、絶大な威力を持っていました。これが、”伝説”の必殺パンチ「幻の右」です。
また、世界チャンピオンになった時、ガッツさんが両こぶしを高々と挙げたポーズを、以後「ガッツポーズ」と呼ぶようになりました。
現役引退後は、タレントに転進。バラエティやクイズ番組の貴重なボケ役だけでなく、橋田壽賀子女氏も絶賛の演技力でドラマや映画にも出演。昭和62年(1987年)スティーブン・スピルバーグ監督の「太陽の帝国」、平成元年(1989年)リドリー・スコット監督の「ブラック・レイン」に出演し、早々にハリウッド進出を果たしました。その余勢を買って、平成2年(1990年)、企画・製作・監督・脚本・主演(原作は安部譲二氏。シナリオ原案は倉本聰氏)というワンマン映画「カンバック」(COME BACK。「カムバック」ではない。あくまで「カンバック」)も作りました。
このお宝は、ガッツさんのバラエティやクイズ番組などでした数々の”伝説”的迷言や失敗を集めた本「最驚!ガッツ伝説」のサイン会でGETしました。その頃コメディアンのはなわさんが、ガッツさんの”伝説”的言動を「伝説の男 〜ビバ・ガッツ〜」として面白おかしく歌い、これが大ヒット。その人気に合わせて急遽この本が出されましたが、7月8日の発売当日に増刷が決定、いきなり10万部を突破して、大ベストセラーになりました。
このサイン会を行った時点で、本はすでに30万部を突破し、ちょっとした「ガッツブーム」が起きていました。しかし、サイン会の宣伝が行き届いてなくて、物凄い人気の割には、あんまり人が集まっていませんでした。
ボクシングライト級チャンピオンで、今大人気のガッツさんのサインをもらえるということで、私もサイン会に行きましたが、本の最初のページに、「サイン色紙におもいっきり、『ガッツ右松』と書いた」とあるし、ネット上では「『ガッシ石松』と書いた」とか、「英語でサインをお願いしたら『GAtuTU ISHIMATU』と書いた」とか、サインに関してとんでもない”伝説”がありましたから、書損じしないかドキドキしました。その心境を、ガッツさんの”伝説”的迷言でたとえると、「怖いのが半分、恐怖が半分」でした。
でも、実際のサインの形状を見る限り、かなり崩してあるので、「ツ」と「シ」、「石」と「右」の識別はできませんでした。これを見ると、サインの”伝説”は本当かなーと思いました。
あと、このサイン会はガッツさんと一緒に写真をとることができましたが、慌てて来たため、カメラを持ってくるのを忘れてしまいました。せっかく、ガッツさんと並んでファイティング・ポーズをとって「幻のライト級王座挑戦」とやってみたり、ガッツさんと一緒に「ガッツポーズ」するチャンスだったのに・・・。ホントこれは大失敗でした。
サイン会にはあんまり人は来ていませんでしたが、時の人「ガッツ石松」に会えて、サインもらって、しかも一緒に写真に写ってもらえるというサービス振りで、集まった人は全員とっても満足していました。
最後に、ガッツ石松さんの”伝説”的名言や失敗は、ボクシングのダメージの蓄積によってああなったと思っている人が多いようですが、先に書いたとおり、ガッツさんはフットワークとテクニックを駆使するサウスポーのボクサーで、試合数や実績の割には、そんなに殴られていません。ですから、あれらの言動は、どうも天然らしいです。
スポーツ展示室へ戻る