サインボール
・小山正明
・平成14年10月6日
・関市民球場
・無料
小山正明投手は、現役時代、「ハリの穴を通す」といわれるほどの制球力の持ち主で、その絶妙のコントロールから”精密機械”と呼ばれ、通算320勝(!)あげた大投手です。
昭和28年(1953年) 大阪タイガース(現阪神タイガーズ)にテスト生として入団。長身からの速球は、伝説の大投手「沢村栄治」以来といわれ注目をあび、1年目に5勝、2年目には2桁の11勝をあげて、ローテーション入り。4年目は17勝を挙げてエースに成長、6年目には24勝を上げ20勝投手の仲間入りを果たしました。そして10年目の昭和37年(1962年)、27勝11敗、防御率1.66、270奪三振でという成績で、最優秀勝率と最多奪三振、沢村賞を獲得。村山実投手との強力な2本柱で、チーム(昭和36年にはチーム名が、阪神タイガーズに変更)のリーグ優勝に貢献しました。
しかし翌38年(1963年)、東京オリオンズ(現ロッテオリオンズ)の4番で、本塁打王2回、打点王4回、首位打者1回という数々の記録を残してきた大打者、山内一弘選手との、通称「世紀のトレード」で、東京オリオンズに入団。移籍1年目の昭和39年(1964年)にいきなり30勝をあげ、最多勝利投手に輝きました。
通算成績は、856試合320勝232敗、防御率2.45。勝率.580。最多勝1回、最優秀勝率1回、最多奪三振1回、沢村賞1回獲得しています。
このお宝は、関市で行われた「宝くじスポーツフェア あなたの町に名球会がやってくる!」でGETしました。このイベントは、名球会のスポンサーである宝くじ事業の普及広報の一環で、名球会メンバーが全国を回って、少年野球教室や地元選抜チームとの親善試合を行うものです。
ちなみに「日本プロ野球名球会」とは、打者が2000本安打以上、投手は200勝以上あげた、「昭和生まれ(と言っても平成生まれのプロ野球選手が誕生するには、平成18年まで待たなければならないと思う)のプロ野球に貢献した選手」の集まりです。
この日参加した名球会会員は、地元愛知県出身で、名球会代表幹事でもある400勝投手金田正一さんを始め、村田兆治さん、小山正明さん、梶本隆夫さん、江藤慎一さん、高木守道さん、藤田平さん、福本豊さんなど、11名。当然200勝以上、または2000本安打以上の成績を上げ、現役時代数々の賞を受けた偉大な選手ばかりです。ただ、みなさんさすがに高齢ですので、金石昭人さん、市川和正さん、秦真司さん、野田浩司さんが助っ人として参加しました。
このイベント参加するのも、これで3回。大体要領も分かってきましたので、今回は少年野球教室が始まる9時前につくため、朝早く車を飛ばして、岐阜県は関市にやってきました。
現場に着いたのは、朝8時半。当然選手は来ていないけど、お客さんもほとんど来ていません。いるのは準備に追われる係の人と、野球教室に参加する子供と親、そして私のように名球会お宝のGETを狙う野球ファンぐらいでした。
しかし、その人の少なさが功を奏してか、今までと比較すると、サインは貰いやすかったです。また、この関市民球場自体、今まで行った球場の中で作りが一番チャチく、選手ベンチのすぐ側に外に出る出入り口があるため、選手との接触が簡単に出来ました。選手が到着して、少年野球教室が始まるまでの間が、サインを貰うにはちょうど適した時間帯でした。
小山選手は、選手ベンチのすぐ側の出入り口で、ファンにサインを書いていました。私もすかさず、その尻馬に乗って、サインをお願いしました。でもその時、少年野球教室がはじまる頃で、選手たちは子供たちに挨拶するためマウンドに集合しなければなりませんでした。そんな時間がないのにもかかわらず、小山選手は丁寧に、しかも「名球会」と書いてサインをしてくれました。
これにはとってもうれしかったです。
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